2004.06.25

ドア (5) 木のドア

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2002年9月 京都市南区 <拡大する>

堤の上に建つ無人の木造屋。部屋の窓から差し込む夕日がドアのガラスに当たっていました。廃墟のドアには住んでいた人をより感じさせるのはなぜでしょう。

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2004.06.24

ドア (4) 倉庫のドア

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2002年3月 京都市南区 <拡大する>

普段は閉じているドアが開いていると中に何が収められているか見たくなります。ここには布切れを詰めたビニール袋が山積みされていました。ラジオからの音楽がどこから聞こえて,ビニールが反射する弱い光が宝石のようにキラキラ光ってました。

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2004.04.02

神輿の巡行 (5)

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2002年4月 京都市南区 <拡大する>

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2004.04.01

神輿の巡行 (4)

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2002年4月 京都市南区 <拡大する>

全長20メートル,重さが2,3トン(推定)の巨大な神輿の各担ぎ棒を10名が担ぎます。担ぎ手は足で地面を蹴って神輿を上下させます。そのため,神輿が飛び上がらないように先頭の人が神輿を下に押さえます。

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2004.03.31

神輿の巡行 (3)

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2002年4月 京都市南区 <拡大する>

静かな町のどこにこんなに多くの男がいたかと思うほど,多くの男たちが集まってきます。さまざまな男たちです。若い人,年をとった人。日焼けしたたくましい男,色白の優男。みんなうれしそうな顔をしてます。お前,今年は担ぐのか。はい,今年はやらせてもらいます。大丈夫か・・・など言葉を交わしてます。

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2004.03.30

神輿の巡行 (2)

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2002年4月 京都市南区 <拡大する>

祭りが近づくと『御献酒』と書かれた紙が家の入り口に張られます。それを見ると,その町がどの神社の氏子なのかがわかります。五条から九条までの東側の地域は伏見稲荷大社の氏子圏です。伏見稲荷大社の地元は藤森神社の氏子圏です。4月20日頃,伏見稲荷大社から5基の神輿が運ばれ,お旅所の奉安殿に納められます(神幸祭)。29日頃,神輿は氏子区内を巡幸するために奉安殿より出されます。

ところで,『御献酒』と書かれた紙はなんと呼ぶのでしょうか? 京都市観光局と伏見稲荷大社に聞いたのですが分かりませんでした。知っている人がいましたら教えてください。

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2004.03.29

神輿の巡行 (1)

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2002年4月 京都市南区 <拡大する>

静かな町に,さらしを締め白い祭り姿の男たちが集まると,勇壮な祭りが始まります。

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2004.03.28

伏見稲荷大社お旅所

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2002年7月 京都市南区 <拡大する>

近鉄東寺駅の東に伏見稲荷大社お旅所と書かれた場所があります。社殿もなく,掃除している人を除けば鳩がいるだけの静かな場所です。

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2004.03.26

九条通を行く (5)

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2004年3月 京都市南区 <拡大する>

平安京の南端であった九条通(九条大路)は今は四車線のただの広い道路です。毎月21日は弘法市でにぎわいますが,普段は人通りも多くありません。近鉄東寺駅から東寺までを除くと,食堂が数件あるだけで閉店した店舗が多いです。京都市職労の調査によると京都の商店街には「全国平均を上回る商店数の減少率」という共通の問題があります。でも,ここには京都らしくない乾いた風景が広がっています。

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2004.03.25

九条通を行く (4)

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2004年3月 京都市南区 <拡大する>

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